2017年05月17日

連休中のウォーキング

毎年、連休の間に一日は友人の佐藤君とハイキングやウォークングをします。今年は5日に歩きました。足の骨を折る前は、秩父、奥多摩などに行っていましたが、最近は加治丘陵、飯能の里山など近場が多くなりました。それでも景色を見たり歩いた後の一杯のコーヒー等、爽快感と楽しさはいっぱいです。
今年は、巾着田を一周して、高麗神社に向かい聖天院を回って元の巾着田に戻る、というコースでした。山歩きというよりまち歩きですね。子どもたちが小さい頃、よくこの辺りは連れて遊びました。野辺に咲く花の名前を覚えたり、追いかけっこをしたり・・・

巾着田は日高市内を流れる清流、高麗川の蛇行によりその形がきんちゃくの形に似ていることから、巾着田(きんちゃくだ)と呼ばれるようになったものです。直径約500メートル、面積約22ヘクタールの川に囲まれた平地には、菜の花、コスモスなどの花々が咲き、中でも秋の曼珠沙華の群生地は、毎年多くの人が訪れます。天気が良かったので、川に家族や友人連れの人がテントを張ってバーベキューやら川遊びを楽しんでいました。
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高麗神社に祭られているのは「高麗王若光(こまのこぎしじゃっこう)」です。織物フォーラムの時の仲間で「高麗1300」の方々が高麗郡建郡1300年を記念して大きなイベントを開催し、高麗のPRをしています。高麗神社の宮司の高麗文康さんもアミーゴに何度か来ていただいています。縁のあるところです。高麗さんは、高麗家60代の当主で、代々ご祭神(若光)の子孫が宮司を務めるという日本でも稀な神社です。
今回、高麗神社の水天宮様にもお参りしました。何度も高麗神社に来ていて、初めて知りましたが、急な坂道を15分ほど登ったところにあります。まっすぐに伸びた木々が神聖さを感じさせれるところでした。
若光は、665年に高句麗の外交使節の1員として日本に来られた方です。激動するアジア情勢の中、多数の高句麗人が渡来したのですが、結局668年に高句麗が滅亡し、若光も故郷に帰る事はできませんでした。このような中、1,799人の高句麗人を武蔵国に集め、”高麗郡”が創設され(716年)、未開の地の開拓を行う事になりました。高麗郡は今の飯能市と鶴ヶ島市全域、飯能・入間・狭山・川越市の一部を含む広い範囲でした(明治に入間郡に併合)。
歴史は面白い、また不思議な巡りあわせを作るのだな、と感じますね!
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最後は巾着田の入口にある喫茶店「阿里山Café」で一休みして帰りました。とても雰囲気の良い喫茶店です。
posted by mizuさん at 14:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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