2018年03月19日

真岡木綿とまち歩き

綿織物の産地「真岡」へ行ってきました。入間も木綿の産地。以前から一度行って見たかったのです。早速真岡木綿会館へ。
「真岡木綿」は、白木綿で染めて着尺地に用いました。丈夫で質が良く、加工技術にも優れ、江戸時代の文化・文政・天保の頃には年間38万反を生産し、隆盛を極めました。しかし、開国による輸入綿糸流入などで衰退し、戦後になるとその生産はほとんど途絶えてしまいました。機械化されることがなく、戦後復興しなかったのは残念でした。そこが入間の織物と違いますね。
もう一度技術の復興を図るため、昭和61年(1986年)真岡商工会議所が中心となり「真岡木綿保存振興会」 (当時)を設立し、 機織り技術者養成講座を開設するなど、伝統を“今”に繋いでいます。現在、真岡木綿会館では、県伝統工芸士3名を含む約20名の機織り技術者が在籍しております。機織りの見学をさせていただきましたが、たくさんの手機があり、綿(わた)の栽培から染色〜機織りまで一貫しての手作業により行っているそうで盛んな様子がうかがえました。指導する方にお話しを聞きましたが、川越には研修で行ったとのこと。是非入間のアミーゴに来てくださいと話しました。いつか、うちのスタッフと交流できる日が来るといいな!と思いました。
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折角ですので、真岡のまち歩きもしました。まず、二宮尊徳資料館へ寄りました。二宮金次郎の生誕地は神奈川県小田原市です。若くして両親は亡くなり、苦労苦学して生家を再興、手腕を見込まれ、江戸末期、小田原藩の飛地「下野国桜町領」(「栃木県芳賀郡二宮町」現在の真岡市)の復興の命を受け、26年にわたり復興事業(桜町仕法)を行ないました。小田原生まれは知っていましたが、真岡に26年もいたとは知りませんでした。
二宮尊徳の実践した桜町仕法の説明や尊徳が使用していた陣笠や脇差などの遺品の数々が展示されています。 一度見学してみてください。資料館の近くに桜町陣屋跡があります。
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まちは、真岡の中心街にある門前地域がよかったかな。昔は花街として賑わい、今は昭和の店をリノベーションしたカフェや雑貨店が立ち並びます。そして、明治・大正の建物群のある久保記念観光文化交流館や真岡木綿会館、岡部呉服店の別邸跡「金鈴荘」もいいです。
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立花屋さんの焼きそばと餃子は、店構えといい昭和です!
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まちづくりでの観光は、重要な要素です。入間の観光資源をもう一度掘り起こしてみたいです。
posted by mizuさん at 14:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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