2018年04月11日

さきたま古墳と鉄剣

行田市で会合がありました。その帰り、しばらく行ってなかった「さきたま古墳公園」に行ってまいりました。桜も終わり、新緑眩い景色に気持ちがさわやかになりました。行田名物の「ゼリーフライ」「埴輪サブレ」も食べましたよ。一人歩きは、ちょっと寂しかったけど。
「さきたま古墳公園」は、行田市の市街地から南東へ約1kmに位置し、大きな古墳が集中して数多くあることで全国的に知られています。今から1300年から1500年くらい前に建造された古墳が、大きなものだけでも9基もあります。どういう人が葬られているのか、学術的には定かではないようですが、大昔武蔵の国に大きな勢力を持って支配していた人々なのは間違いないでしょう。
今回見たかったのは、「金錯銘鉄剣」です。「稲荷山古墳」から1968年に出土した全長73.5センチメートルの鉄剣です。他の出土品とともに1983年に国宝に指定されました。そして、ここに展示してある鉄剣は、レプリカではなく本物なのです。最近は、折角博物館に行ってもレプリカばかりで残念に思っています。でもこれは本物。国宝です。
20180408152603_p.jpg さきたま鉄剣.jpg
 
じっと鉄剣を見ていましたら、ボランティアの方に話しかけられました。本来、国宝は国のものなので国の管理施設に置いておくものだそうです。しかし、当時、知事はじめ関係者で、この地に展示することを求め了承されたとのことでした。しっかりとした管理を義務付けられていると言っていました。発見後、10年してエックス線撮影で銘が書かれていることが分かり大騒ぎとなりました。当時、全国の発掘された鉄剣は皆エックス線撮影されたとか!しかし、他にはそういたものはなかったようです。
「金錯銘鉄剣」は、展示施設の中央に置かれた腐食を防ぐために窒素ガスを封入したケースに展示されています。表に埋葬者の8代に渡る系図が書かれ、裏に「獲加多支鹵大王」(ワカタケルノオオキミ)の「杖刀人首」(親衛隊長)だったと書かれています。「獲加多支鹵大王」とは、雄略天皇のこと。記紀に記された推古天皇以前の天皇の存在は議論の対象でしたが、この発見により、雄略天皇は実在したと証明されたのです。その他、古墳からの出土品を多数見学することができます。

この地は「埼玉古墳群 ―古代東アジア古墳文化の終着点―」として世界遺産登録を目指しています。残念ながら平成20年に国内の暫定一覧表への記載が見送られてしまいましたが、未発掘の古墳もあり、歴史的に重要な発見があれば再び「世界遺産」への道が開けるかも!
posted by mizuさん at 14:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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