2018年10月22日

川越まつり

私は、約30年前、入間万燈まつりを作ろう、盛り上げようと市の職員さんたちと試行錯誤しながら運営に携わってきました。夜遅くまで会議をしたり、作業をしたり、良くも仕事をしながらできたものかと!仲間たちも大変だっただろうと思います。それだけ達成感があったと思います。そんな訳で、万燈まつりの一週前の「川越まつり」には一度も行ったことがありませんでした。秩父夜祭は万燈まつりの「お手本」として何度も行っているのですが・・・。いつか見に行ってやるぞ!という気持ちはあったのですが、今年やっと実現しました。

川越まつり(川越氷川祭の山車行事)は、10月14日に氷川神社が執行する「例大祭」を根源として、直後に行われる「神幸祭」や「山車行事(祭礼)」から成り立っているとのこと。「神幸祭」は、慶安元年(1648)に、当時の川越藩主、松平伊豆守信綱が氷川神社に神輿・獅子頭・太鼓等を寄進し、祭礼を奨励したことが始まりとされていますから、370年の歴史があるのですね。その後、江戸との間を結ぶ新河岸川の舟運により、物資のみならず江戸の文化も入ってきました。江戸の天下祭(神田明神、赤坂日枝神社の各祭礼の総称)の影響を強く受けて発展し、祭で曳き出される山車の形も天下祭の流行を敏感に感じ取りながら変化していきました。
「天下祭」は、山車の巡行から神輿の渡御へと移り変わりましたが、川越は山車を中心に江戸祭礼の様式の影響を今に残しているのです。これも素晴らしい!
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今回、夜の「山車のひっかわせ」を見に行きました。精巧な人形を乗せた絢爛豪華な山車が、小江戸川越の象徴である蔵造りの町並みを中心に、町中を曳行(えいこう)されます。何台もの山車が辻で相対し、すれ違うさまは、見物客を圧倒します。祭りのスケールと町内の若衆の勢いは、残念ながら、悔しいですが、万燈まつりは足元にも及びませんね。伝統とはすごいものだと感じました。観光客数は好天に恵まれると100万人位と言われています。これからも埼玉の伝統祭りを継承発展していってほしいと思いました。
しかし、人ごみに疲れました。
 
posted by mizuさん at 16:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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